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執事職の手引き

1997年10月 日本キリスト改革派教会大会執事活動委員会

執事職の手引き目次

まえがき

執 事 職 の 手 引 き

1.執事になる人の心得
2.執事の充実した活動
3.執事の可能性と執事への期待

付録1.新約聖書が教える執事職
1.一般的考察
2.用語についての考察
3.主の一行の中の奉仕者
4.使徒6・1〜6の考察
5.パウロの教えの中での奉仕者
6.牧会書簡の中の奉仕者
7.シナゴーグにおける奉仕者
8.まとめ

付録2.教会史における執事職
1.使徒時代における執事の概念の不明確さと 働きの多様性
2.使徒後の教会における執事職
3.中世カトリック教会
4.宗教改革
5.その後の働き・社会福祉の時代と教会

付録3.手近で参考になる文献

付録4.執事活動関連聖句
1.愛の働きについて
2.仕えることと、教会の奉仕者
3.献金(供え物)について
4.賜物を生かすことについて

付録5.政治規準執事関連条項


まえがき

  日本基督改革派教会は、教師、長老以外に、任職された執事を持ち、愛の働き、献金と教会の経理、教会の諸活動と奉仕のために、その働きの重要性を認めてきました。執事とその働きについて、女性執事の任職をも含めて、教会内に大きな見解の相違はありません。 しかし、それゆえに、この問題を神学的に再検討することと、教会内と教会の外に向かっての具体的な活動の広がりを検討することは、必須なこととして自覚されてきたのでした。
  大会の要請により、大会執事活動委員会は、1978年、第33回定期大会に「執事職の位置付けと活動についての神学的、実践的研究報告」を提出しました。
  以後19年、現在また新しい状況の中で、新しい「執事活動の手引き」を発表することの必要性を感じるようになりました。

 現在の状況とは、おおまかに言って次のようなものです。
◎長老たちが大きく成長して、大中会で活躍されるようになった。◎教会の発展のために、執事活動の一層の充実が期待されている。◎執事活動を、教会の外との関係、国際的な関係の中で考えねばな らなくなってきた。
◎教会員の賜物の活用が一層求められるようになってきた。
◎ボランティア活動が活発になった。
◎大会障害者問題委員会の活動、女性役員問題検討委員会の活動な どがなされている。
◎政治規準が改正され、執事活動の内容がより豊かに規定された。◎伝道の宣言が採択された。

  この手引きは、先の「研究報告」と比較して、アプローチに少しの違いを持たせたこと、これを用いて具体的実際的な活動が生まれてくることを期待していること、教師の指導の下に各執事会で研究資料として用いていただくことを目指したことなどが特徴です。しかし、基本的な理解と方向性においては一致しているものです。

大会執事活動委員会は、次のことを皆様に期待しています。
◎この手引きを用いて研究し、議論し、感想をお寄せ下さい。
◎各中会において、執事活動を指導する委員会をお作り下さい。 ◎福祉、医療、教育、行政等、さまざまな専門職の方々の連絡と協 力のネットワークを作り、大中会の委員会とも協力していく道を 作っていくよう、皆様の自発的なご努力をお願いします。

1997年10月
日本キリスト改革派教会大会執事活動委員会


執事職の手引き

1.執事になる人の心得

 日本基督改革派教会の中で、これから執事になることを期待され、あるいは自ら執事職に就いて奉仕することを主からの召しと感じ、そのために準備したいと願っている方々に、まず知っておいていただきたいこと、心に留めていただきたいことをお話しましょう。

(主のお働きの一面を担う教会の職務)
 執事職は、主からの賜物と召しをいただいた者が、教会によって任職され、主の権威の下に働く、教会の職務のひとつです。
 教会の役員である教師、長老、執事は、それぞれキリストのお働きの一面を担います。三つの職務は、教会全体にゆだねられた神の国のお働きのために、教会を指導し、治め、仕えるのです。互いの職務は重なり合う面を持ち、また深くかかわりあっています。また三つの職務は、全信徒の責任と働きと結び付いています。
 執事職は、教師、長老が組織する小会の下で働き、おもに、自ら奉仕者であられたキリストの愛と奉仕の一面を担うものです。それは、キリストの体である教会を建て上げ、教会全体の一致と、愛の交わりと、活動とを進めるために仕えます。また、神の国の福音の対象である世の人々にも仕えます。

(模範的信徒)
 執事の働きは、教師、長老の働きより以上に、教会の全信徒の働きとすべて密接に重なり合い、またかかわり合っています。執事は、全信徒のなすべきことを、代表として行い、全信徒をなすべき奉仕の働きに導き、また全信徒と共に働くのです。
 そこで、執事職に就こうとする方々にまず第一に自覚していただきたいことは、特別なことをなすことよりも先に、ひとりの信徒として、聖書が求め、教会規程が教え、洗礼、信仰告白の誓約で誓ったことがらをまじめに誠実に守って行こうと努力することです。まず、模範的な信徒になる努力をすることです。主の前に完全な者になれという意味ではありません。主の助けを祈りつつ、誠実に御言葉に従う道を歩む努力をするということです。
 一人の誠実な信徒として、個人的な礼拝、御言葉と祈りに励むこと、公同礼拝と諸集会への誠実で熱心な出席、自発的で祈りと理解をもって献げる献金の生活、神の栄光のためにすべてを献げる生活態度、愛の心遣い、慰めと助け合い、自らの賜物の開発と積極的な奉仕、教会内の協力と一致のための努力、教会活動全体について積極的な関心を持って参加していくこと、謙遜さとひかえめさを心掛けることなどです。人を批判したり、軽々しく批判的態度に同調したりしてはなりません。自分に出来ることは人も当然出来ると考えたり、自分にも出来ないことを人に求めたりしてはなりません。人を愛し、尊び、賜物を評価し、互いに生かし合う道を求めなければなりません。すべてにおいて聖書の教えを第一とし、祈りつつ、聞いたことを実際に行っていこうとする生活態度を身につけましょう。

(御言葉と祈り)
 執事は、献金や奉仕や愛の実践にかかわる務めです。ですから口先だけでなく、実際に体を動かして働く者でなければなりません。 さらに、執事の実践は、御国の完成に向かう聖書的な目的を目指しており、聖霊の助けによって、清さと愛と、節度と良識と、協力と励ましと、教会を立て上げ神の栄光を崇める姿勢に貫かれたものでなければなりません。ですから、執事の働きは決して単なる物質的、金銭的、体力的、この世的なものではありません。それは、霊的な働きです。聖霊の賜物と導きによる神の国の働きです。物も金銭も、人の賜物や働きも、清めて神様に献げる祭司的働きです。執事は、献金と奉仕と愛の働きについて教会員を指導し督励する務めを負う者です。
 愛の働きを伴う御言葉の証しこそ、御国の福音の宣教の最も確かで十分な表現です。執事は、愛のわざを行いつつ、御言葉の証しをなす多くの機会に遭遇します。一人の信徒としてはもちろん、執事として、愛の働きと共に語られる福音の慰めと祝福の言葉を伝える責任を自覚しなければなりません。常に御言葉を学び、祈り、神様の福音の恵みの豊かさと力を知るよう努力しなければなりません。

(教会の中での愛の心遣い)
 執事は、聖書全体の動機であり、全体を貫く教えであり、特色であり、力である、神様の愛を実践する情熱を持つ者でなければなりません。キリストの模範に感動し、聖霊の導きに心を燃やして、愛の働きについてもっぱら考え、祈り、実践の努力をするのが執事です。愛の心と働きがなければ、信仰は無意味、無力です。
 しかし、それは、一人よがりなもの、一人先走ったもの、人の心を考えないもの、全体の調和を乱すもの、言葉による宣教を軽んずるものであってはなりません。静かでやさしい心遣い、人に聞き、人から学ぶ謙虚さ、控えめに仕える態度、人と分け隔てなく親しみ語り、人が何を必要としているかを知って対処する思いやりが必要です。
 教会を建てていく執事の働きには、人とその賜物を尊び、人の賜物を生かし、協力関係の中で活用させていく心遣いが必要です。執事は単なる福祉専門家ではなく、教会を立てていくための職務です。 金銭にかかわる働きにおいては、真剣に確実に職務を果たし、必ず他の責任者の確認を得つつ行わなければなりません。

(信条と教会規程)
 最後に、執事になろうとする人は、日本基督改革派教会憲法(信仰規準と、教会規程である政治規準、礼拝指針、訓練規定)を学ぶことが必要です。熱心に、少しづつ取り組んでいただきたいと思います。特に執事職にかかわりのある個所をよく理解してほしいと思います。

2.執事の充実した活動

 日本基督改革派教会の中で、御言葉に従い、政治規準に基づき、また歴史と現状を踏まえつつ、健全で、しかも活発に、そして行き届いた執事活動が行われていくために、最も基本的な事柄をお話いたしましょう。

(執事会と小会)
 伝道所の場合、宣教教師が執事的働きをも行い、委員会が協力します。教師と長老によって小会が構成されて、まだ執事がいないときは、小会が執事的働きを行います。執事が任命されると執事会を構成します。いずれの場合でも、教会と全教会員は、教会の執事的活動に参加し、御国のためにキリストと共に働く特権と、賜物を献げ生かして奉仕する喜びとを分かち持つよう指導されねばなりません。聖霊も、賜物も、宣教命令も、教会と全信徒に与えられたものです。このことを自覚して教会を指導し、教会全体をキリストに仕えさせていくために、教会役員たちは特別な奉仕の賜物と使命と召しとをいただいているのです。
 執事会は、小会の監督の下にあり、小会と協力しつつ、その責任を果たします。小会と執事会は密接な連絡を図り、共同の会議を開き、または文書によって報告し、協議して、意志疎通を図らねばなりません。必要なら長老の中に執事会担当者を置きます。執事会が教会活動の具体的な発案者になることも多いでしょう。

(執事活動への教会員の参加)
 全信徒が自分の能力を聖霊の賜物と自覚し、それを献げて、福音の前進と教会を建て上げることに寄与し、御国の前進に参与して喜ぶこと、いわゆるスチュアードシップの自覚をうながし、賜物の活用を図ることは、執事会に期待される重要な働きの一つです。執事会は、教会の諸活動のために必要な奉仕を信徒に示し、信徒の賜物に応じて奉仕を引き出し、また、新しい賜物の開発をうながします。特に愛の奉仕について、教会員の中にある援助の必要性を見付け出し、教会がなすべき働きに気付き、また、信徒の中にある積極的奉仕の可能性をさがし、開発していかなければなりません。信徒の中に賜物を献げる自覚と喜び、愛と奉仕の自発性が生まれるように祈り、配慮します。

(愛の働きと霊の交わり)
 教会特有の働きは、御言葉による神のゆるしの福音の宣教です。御言葉の宣教は、愛を実践し、交わりを築き上げることと共になされるとき、有効に行われます。この内、どの一つをも無視したり、否定したりすることはできません。しかし、御言葉の宣教の占める独特の優先性は、キリストの教えによっても、使徒の教えと模範によっても明白です。執事の働きは、御言葉の宣教を押し立てつつ、愛の働きと、霊的交わりをも、教会の働き全体の中に位置づけ、それら全体が偏りなく、相互に助け合って、円滑に行われるために奉仕するものです。
 その実際は、教会の大きさ、活動状況、教会員の賜物などによってさまざまです。執事活動は、聖書の教えと教会規程によって目標とすべき姿を見つめながらも、あくまでも理想論ではなく、現実的実際的でなければなりません。執事自身が自分の賜物を理解しつつ、控えめに、忠実に、確実に、なすべきことをなしていってほしいものです。生きた愛が教会の中で具体的、実際的に働いていくためには、理想を追って、人を批判することがあってはなりません。自分に出来ないことを引き受けてはなりません。実際に教会にいる人々の賜物を生かすこと、特に牧師の賜物を生かしていくことを考えねばなりません。細やかで優しい心遣いが大切です。

(教会の礼拝、説教、伝道、諸活動の円滑な運営のために)
 執事の働きは、教会の礼拝、説教、伝道、諸活動などが円滑に行われるように準備し、配慮する、一切の仕事を含んでいます。使徒言行録6章において、使徒たちは、エルサレム教会内のめんどうな配給の仕事によって、御言葉の奉仕が妨げられないように、7人を選んで、これに当たらせました。愛の働きの必要性と、御言葉の奉仕が妨げられないようにとの二重の意味があったのです。
 執事活動が十分になされない間は、教会のあらゆる雑事、集会や伝道の準備などが、牧師、宣教教師の仕事となります。または、牧師夫人の仕事となるのです。牧師夫人は、奉仕のために自発的な献身の心を持った人である場合が多く、その働きに依存しがちになります。しかも、牧師夫人は執事ではない場合が多いのです。教会の執事が、教会員全員の賜物と、自発的奉仕とを督励して、教会内のあらゆる働きの中に奉仕していくとき、御言葉の奉仕は豊かになり、牧師夫人の賜物もより有効に用いられていくでしょう。

(教会会計の管理、運用)
 教会会計は、執事の大切な仕事です。確実で、信頼のおける執事が会計を担当していてくれることは、教会の組織が安定していく第一歩です。教会会計は、それほど複雑な会計事務ではありません。しかし、それだけに、なおざりになったりしないよう心掛けねばなりません。複数の担当者により取り扱われているということが、それだけで信頼感を生みます。仕事を後回しにせず、記帳、金銭授受などの一つ一つをていねいに、確実に行い、きちんと会計報告をします。担当長老に定期的に確認をしてもらうのが良いでしょう。
  年の予算、決算においては、単なる集計に終わらず、そこに表れた一年の教会活動の実態を振り返って、執事としての活動のありかたを考えましょう。

(献金の正しい、建徳的な指導、管理、運用のために)
 教会の活動は、能力と時間と金銭の献げ物によって賄われます。執事は、そのすべての管理と運用にたずさわります。
 献金について、教会員、求道者が健全な理解を持つように説明し督励しなければなりません。十分の一献金をすれば義務を果たしたという考えは、聖書的根拠を持ちません。真に自発的で、献身と感謝と喜びと必要性への理解から出る献金を目指し、説明し、訴え、模範を示し、予算を理解させ、報告しなければなりません。献金の管理と運用においては、必ず確認者、監事などを置いて、公明さを図らねばなりません。
  献金は、神様から与えられたすべての賜物を献げる信仰と生活態度の中に位置づけられねばなりません。祈りをもって計画的な経済生活を築いて行くように、愛の働きのために、福音のための多様な働きのために献金する心と計画を持つように教会員を指導します。

(大中会との関係)
 日本基督改革派教会の各個教会は、大中会の組織の中で動いています。その組織の意味と価値を理解し、個々の負担金、献金などの意味をよく承知して会員に説明しなければなりません。大中会の執事活動関連委員会の活動内容についても注意して下さい。また、大中会の中で執事が働く分野があることも知っておいて下さい。
  執事の働きは、多くの知恵、経験、心遣いなどが必要です。各中会内に執事活動委員会、連合執事会を作らなければなりません。そして執事たちは、執事活動関係の勉強会や連絡会に、出来る限り出席し、先輩の執事たちから学びましょう。また、執事活動に役立つと思われる、あらゆる学習の機会を大いに利用しましょう。

3.執事の可能性と執事への期待

 執事職の働きは、大きな広がりの可能性を持ち、豊かな活動を展開して教会を生かし発展させる原動力として期待されています。教会の生命力を増し、この世との関わりを密にし、御国の恵みと力の豊かさを表していくために、今後、執事たちの働きと、教会全体の執事的活動とは、いよいよ重要性を増していくと思われます。執事たちが責任の重要性を自覚すると共に、大きな幻を持って、教会の将来を考え、奉仕の道を開拓していって下さるように、執事職の可能性と、執事への期待についてお話しましょう。

(愛の働きを伴う信仰の実現のために)
 神の国のための主のお働きは、福音の言葉の宣教と、人の魂を悪霊から救い取ること、神の民の群を育てること、神の愛を行うことによってなされました。聖書は、愛の働きの不可欠性、その対象は信仰の兄弟たちの境を越えていくべきことを明白に教えています。 愛の働きがより有効に行われるために、使徒たちはエルサレム教会で、主から託された働きの一部を、七人の人々に委ねました。
 教師、長老、執事、さらに全信徒の協力によって、わたしたちは「神の愛を行う群」としての教会の理想像を追わねばなりません。 この世で最も貧しい者、悲しむ者、絶望する者のもとに福音の言葉と愛の働きは示されねばなりません。それが福音の本質を世に明らかにするのです。教会は、社会の弱者、疎外されている人、福音を伝えにくい人、会堂に迎えにくい人に福音と愛を伝える努力をあえてしなければなりません。また、さまざまな立場の人のことを考える心、そのために行動する愛をもたねばなりません。

(福祉的働きについての知識、教会内専門職との協力)
 執事職の働き、および教会の執事的働きは、神に仕え、教会に仕える信仰的なわざですから、一般社会の福祉的活動とは明白に区別されなければなりません。そこで、福祉的専門職である信仰者は、その専門家であるという理由だけで執事職になることは出来ません。しかし、今日わたしたちは、医療、心理学、心理療法、カウンセリング、福祉的法律、福祉的諸制度などの発達した社会の中にいます。現在、教会が執事的愛の働きをしていくとき、専門的知識の学習がなされ、専門職や制度との協力が図られることが必要となります。 福祉、医療、その他、愛の働きのために必要な知識が、教会内に豊かに蓄えられ、活用され、また地の塩として世の中に用いられるために、キリスト者である福祉、医療、教育、法律など、さまざまな分野の専門職たちが連絡会を作っていって下さることが必要です。そして執事たちや、教会員、キリスト者ボランティアたちと協力して、教会の活動を豊かにしていっていただきたいと思います。

(ボランティアとコーディネーター)
 現在の日本においては、より充実した人間生活と社会とを実現するため、多くのボランティア活動がなされつつあります。信徒たちが進んで種々のボランティア活動に参加することは、愛の実践の体験を積むため、賜物の開発と活用のため、人間の持つ諸問題を知り、対応の仕方を学ぶため、広い人間関係を持つため、福祉関係の法と制度と諸活動の現状を知り、協力関係を築くため、有益です。
 クリスチャンの枠を越えた愛の働きの広がりと協力のあり方を学ぶこと、人間としての基本的な愛の交流の必要性を学ぶことも出来ます。さらに自発性、積極性、責任性などの訓練にもなります。
 執事たちには、ふさわしいボランティア活動のあり方を指導できる者になることが期待されます。また、教会全体がボランタリーな精神にあふれ、種々の奉仕がなされて、それらのコーディネーターとしての執事の姿が考えられます。
さまざまな分野で活動するキリスト者ボランティアたちが、分野別に、また分野を越えて、連絡会を作って下さることを期待します。

(社会における福祉活動との協力)
 キリスト教会にとっては、福音の言葉を伝えることが、最も専門的な独自の働きです。愛の働きは不可欠ですが、必ずしもその専門機関でもなく、現在の日本では指導的立場にもありません。現在、わたしたちにとっては、むしろこの点で社会に学ぶ姿勢が必要です。一般恩寵の教理を持ち、学問や社会制度、社会活動などの中にも神様の知恵と導きを認める改革派教会は、謙虚に学ぶことの出来る教会です。
 ここに生まれる社会との接点は、伝道の接点ともなります。聞き学ぶことが出来れば、教えることも出来るでしょう。教会と社会との福祉分担と協力のあり方を整理し、よい関係を作り上げねばなりません。
キリスト者は、地の塩として、あらゆる分野で隠れた奉仕をします。しかしまた、世の光として働くために、教会とキリスト者による福祉事業のヴィジョンを持たなければなりません。ここにおいては、改革派教会以外の諸教派との協力も必要となります。

(国際的広がりの中での執事活動)       
 日本社会は、経済的に繁栄しながら、精神的には荒廃し、多くの社会矛盾を露呈し、経済的破綻が見え始めています。しかし、社会構造や習性を自力で変えることが出来ない体質を持っています。その一方、多くの他国人が住むようになり、アジア、アフリカの開発途上国と教会は、益々日本の援助を期待するようになってきています。 世界的に人と文化が交流し、政治経済、学問研究などが国際的になってきている現在、教会も国際的協力関係を求められています。宣教師を送り、これを支援するだけでなく、教会と人々との交流、愛の協力、賜物の交換、相互に学び合う時代に入って行こうとしています。執事活動の新しい大きな可能性と期待がここにあります。

(災害時における教会の対応)
 災害時に、教会の組織と建物と経済力とが、いかにこれに対応するかということは、普段から考えておかなければならないことです。 近隣の小災害に際しては、キリスト者たちは良いサマリヤ人の精神を持って対応しなければなりません。しかし社会の機構もすぐに働き始めるでしょう。初期の自発的奉仕が必要です。教会堂の近隣で災害が起きた時には、教会は必要なら進んで会堂を救護、救援の場として提供すべきです。このような活動に対して、大中会は資金援助をすべきです。
 地域全体の大災害に際しては、キリスト者も教会も自ら被災者である場合が多いでしょう。しかし、出来るならボランティアとして救援活動に参加しましょう。広く情報を流すことに努め、大中会の援助や、遠隔地からのキリスト者ボランティアの救援活動参加のために受け入れ体制を作り、次第に教会外の活動との関わりをも付けていきます。大中会や、全国の兄弟たちが支援してくれるはずです。 この場合も、教会堂は救助、救援のために解放されるべきです。ただ、その限度、原則については、各教会であらかじめ考えておかねばなりません。実際の場合には、その場面に応じて判断しなければなりませんが、教会の議決機関が機能しない場合もあります。しかし、愛のための奉仕であれば、何に優先してもなされなければなりません。教会堂が救援活動に用いられた場合、平常時のような礼拝の雰囲気は保てないかもしれませんが、工夫は付くはずです。
 大災害に対応するには、大会の関連委員会は、緊急災害援助資金を使って速やかな救援活動を行い、救援の必要性に応じて緊急募金をします。そのためには、組織的連絡網、地域ごとの活動の中心となる機関、全教会のボランティア精神、教会の対応の原則などを準備しておくことが必要です。


付録1.新約聖書が教える執事職

(1)一般的考察 (5)パウロの教えの中での奉仕者(2)用語についての考察 (6)牧会書簡の中の奉仕者
(3)主の一行の中の奉仕者 (7)シナゴーグにおける奉仕者
(4)使徒6・1〜6の考察 (8)まとめ

(1)一般的考察
 新約聖書は、執事の働きの内容と教会内での立場を十分に説明してはいません。わたしたちは、執事と訳されている言葉「ディアコノス」の意味から、また、新約聖書内の他の個所にある類語を用いての「奉仕」についての教えから、さらには当時のユダヤ人の会堂(シナゴーグ)における制度と、後の教会の制度との比較などから、初期の教会における執事の働きについて推測しなければなりません。
 旧約聖書の愛の教え、イスラエルの社会律法が影響を持ったことはもちろんです。旧約の民と職務にある者たちとは、互いに愛し合い、仕え合う主の会衆でありました。預言者たちは、偶像礼拝と、貧しい者や弱い者を顧みないことを、信仰の堕落の印としました。

(2)用語についての考察
 新約聖書で、仕える、奉仕するなどとと訳されているおもな単語のうち、ラトリューオーは、神に仕えるときに用いられています。ドゥーリューオーは、奴隷となるという意味で、神にであれ、人にであれ、謙遜に仕えることを意味します(ガラ5・13)。何よりも重要な言葉は、ディアコネオー(動詞)、ディアコニア(名詞)、ディアコノス(職務)です。これは、しもべが主人の必要のために下働きをしたり、食卓で仕えることを表す言葉です(マタ20・28、ルカ22・27)。ディアコノス(奉仕者、執事)の語が、教会の職務名となったことからも、ディアコニアの語の意味を調べることは重要です。ディアコニアは、単に食卓や配給のことに限って用いられている語ではありません。この語は、みことばの奉仕(使徒6・4、コロ1・23、)、めんどうを見ること(Uテモ1・18)、 義援金を出すこと(Uコリ8・4)、教会内の種々の務め(Tコリ12・5)などの意味で広く使われているのです。それで、この語の意味だけから執事職の定義をすることは出来ません。むしろ、すべてのキリスト者が、主に対して、兄弟に対して、奉仕者でなければならないということを学ぶべきでしょう。
 キリスト者は、世の罪と、朽ち行く秩序に仕えることはしませんが、世に愛と平和と福音が伝えられ、神の栄光が現れ、神の国の働きと力が広げられるためには、世の人々に対しても仕える者となり、しもべのごとくならねばなりません。(マタイ5・43〜48、ローマ12・17〜21、エフェソ6・5〜8、Tペテロ2・11〜3・16)。
教会は、主に仕え、兄弟が互いに仕え合い、世の人々に仕え、御国に仕える群であって、その目的を達成するために特別に立てられた奉仕者としての職務があるのです。その職務の一つが執事です。

(3)イエス様の一行の中の奉仕者
 ルカ8・1〜3(マルコ15・41)には、イエス様の一行のために多くの婦人たちが、自分たちの持ち物を持ち寄って奉仕して(ディアコネオー)いたことが記されています。しかし、この一行の中で、仕える者としての姿勢を最も徹底的に示して生きておられたのは、主イエス様ご自身でした(ルカ22・27、給仕する、ディアコネオー)。奉仕する女たちの中には、おそらくゼベダイの子たちの母もいました。彼女がイエス様から、「仕える者」についての心構えを諭された物語りは、印象的です(マタイ20・20〜28、27・56)。
 ヨハネ12・6、13・29には、イスカリオテのユダが一行の金入れを預かっており、必要な物を買い、貧しい人々のために配慮していたことが記されています。彼の不正は、使徒言行録5章のアナニアとサフィラの話と共に、初代教会の不祥事です。それはともかく、イエス様の一行の中に、金銭出納を任され、貧しい人々のために施すことまでしていた担当者がいたということは、注目に価します。 イエス様は、御言葉への奉仕のために弟子たちを訓練なさっただけでなく、愛の働きをするように、指導されました。五千人にパンを与えるように命じられたのは、第二のモーセとしての救い主の姿を証しする目的でもありましたが、また御言葉を聞くために集まって来た人々の肉体的飢えの問題にも心を配り、責任を感じるようにとの訓練であったと思われます。事実、使徒たちは、ペンテコステの後、教会の運営に当たっては、御言葉を伝えると共に、教会員の生活を支えることにも大いに関心を払ったのでした。

(4)使徒言行録6・1〜6の考察
 §この聖書の個所で明らかなこと
 1.この段落の中には、ディアコニアという語が三回登場し、新共同訳聖書では、それぞれに、日々の「分配」、食事の「世話」、御言葉の「奉仕」という別々の訳語が当てられています。パウロの手紙でもそうであるように、この語は広い意味で使われています。その働きが何であれ、職務担当者が任命されている場合でも、それ以前でも、キリストの体である教会に仕える働きをディアコニアと考えているのです。そして、教会の働きの発展と、実際的な働きの必要性に基づいて、新しい奉仕の職務が立てられたのでした。
 2.御言葉への奉仕と、食事の分配の奉仕。
教会のすべての働きは、使徒たちの監督の下にありました。しかし、食事の分配の奉仕に携わる人々を特別に選任したのは、賢明なことでした。このような処置がなされたのは、第一に、御言葉への奉仕の尊さと優先性を自覚していたからでした。それと共に、食事の分配の奉仕も尊い働きと考えられていたからでもありました。御言葉の教えと愛の実践とは、共に主イエスに由来し、主イエスに命じられ、託された働きだからです。(使4・32〜37)
 3.信仰と霊と知恵に満ちた、評判の良い人。
 使徒たちは、食事の分配の奉仕者を選任するに際して、複数の人を選びました。また、彼らは第一に、霊に満ちた人でなければなりませんでした。教会を立てていくために、御霊の教えと導きと愛とをもって仕える信仰深い人物と考えたらよいでしょう。次に知恵に満ちた人でなければなりませんでした。務めの性質をよく知り、賢く仕事を成し遂げ、特に人間関係でつまづいたり、つまずかせたりすることのない人、そして実際によく働く人でなければなりませんでした。第三に、評判の良い人でした。人々から尊敬され、信頼されている人物でなければ勤まらない任務だからです。
 4.使徒たちが手を置いて、主に仕える任務として任職した。 使徒たちは、選び出された七人に手を置いて、この奉仕の任務に任職しました。按手という行為について、その意味や歴史を詳しく論じることは困難です。しかし、ここでは、使徒たちが主から託されていた働きの一部を、彼らに託したことを意味していると取って間違いはないでしょう。単に人から人への委託ではなく、聖霊の賜物と召しと任命によってなされる教会の奉仕の職務と働きを、キリストから託された権能によって彼らに託したのです。ですから、この按手は、主からの召しと任職と理解されたでしょう。
これは見本となり模範となる良い先例でした。しかし、これをもって恒久的な執事職の制定と考えることには飛躍があるでしょう。

§不確かなこと
 使徒言行録6章の、奉仕者任命の記事からだけでは、断言し切れない不確かなことがたくさんあります。それにもかかわらず、多くのことが、この個所から引き出されてきたいきさつがあります。
 1.奉仕者たちは皆ギリシャ名を持った人々でした。しかし、それだけで、彼らの奉仕がギリシャ語を話す人たちのためだけのものだったと結論づけることは出来ません。これが、全教会のための永続的、恒久的な職務の制定であったと結論づけることも出来ません。一時的な、その時の事態に対応する奉仕であったのかもしれません。
 2.彼らの中のステファノやフィリポは、伝道者としても活躍しました(7、8章)。そのことから、執事職にあるものの伝道や説教の責任を論じたり、反対に、彼らは執事ではなかったと言ったりするのは言い過ぎです。彼らは、霊に満ちた人々であり、エルサレム教会が最初に直面した複雑で微妙な問題に携わるように奉仕を託されたほどの人々でしたから、力強い伝道をしたのは当然のことで、彼らは使徒たちにつぐ有能、有力な人材だったのです。
 3.使徒6章の配給奉仕者任職の記録は、執事の任職を恒久的に規定したものとは言えません。七人という数も、定員規定ではありません。しかし、この任命が、教会が発展の段階において、必要に応じて、奉仕者たちを任命していく前例となり、規範的な意味を持つようになった出来事であったことは事実でしょう。
 教会には事実上、常に献金の管理、分配の責任、もてなしや慰めの働きがあり、そのための職務が必要であり、監督的責任者と実際的奉仕者とが必要でした。それらが、実際にどのように規定され、どのように働いたかは、聖書の教えからだけでは不確かと言わねばなりません。バルナバたちの献金や(4・32〜37)、ステファノたちの伝道や、ドルカス(9・36、39)などの慈善の業に見られるように、使徒言行録はむしろ、初代教会の人々の聖霊に導かれた自発的な奉仕を強調しているように思えます。

(5)パウロの教えの中での奉仕者
 牧会書簡を除くパウロ書簡の中では、教会の職務として、執事(奉仕者)が、ローマ16・1、フィリピ1・1(4・10)に出てきます。フィリピ書の目的の一つは、献金の感謝を記すことです。ローマ16章のフェベは女性ですが、男性形で「執事」と言われ、女性形で「援助者」と言われています。明らかに教会の職務である執事(奉仕者)が経済的援助との関係で語られていると言うことが出来るでしょう。 ローマ12・7、8には「奉仕(ディアコニア)の賜物を受けていれば奉仕に専念し・・施しをする人は惜しまず施し・・慈善を行う人は快く行いなさい」とあります。カルヴァンは、第一のものを一般的に職務と取り、第二と第三とを執事と考えました。執事に二種類あり、貧しい人々に共有財産を分配する職務(Tコリント12・28の「援助する者」も同じ)と、貧しい者や弱い者たちの世話をする職務(Tテモテ5・9〜10の「やもめ」も同じ)とがあったと考えました。 たしかにパウロは、ローマ12と、Tコリント12において、霊の賜物と教会内の働きと職務について語っているのですが、実情は細かくは分かりません。ただ、同じ聖霊によって様々な賜物が与えられたこと、様々な賜物は様々な働きを生み、様々な働きは様々な職務を生み、皆が喜んで奉仕して教会を建てていったことを学ぶことが出来るだけです。上記の他にエフェソ4章も関連個所として覚えて置くべき所です。しかし、これらの個所を、後の執事職と結び付ける仕方で解釈することには無理が伴います。経済的援助と身の回りの援護が教会の中で大切な奉仕となっていたことを学べば十分でしょう。そして、次の牧会書簡との関係で考えると、教会内部の職務と賜物の管理とが次第に整理されていったことがうかがわれます。
 プリスカ(ローマ16・3他)、エボディア、シンティケ(フィリピ4・2)などの女性が、有能な女性であり、多くの奉仕をして使徒たちを助け、教会の力となったことは事実です。しかし、彼らが教会の執事職にあったかどうかは、肯定も否定も出来ません。

(6)牧会書簡の中の奉仕者
 Tテモテ3・8~13には、監督(長老)と並ぶ教会の職務として、執事(奉仕者)の資格が述べられています。それは、責任と名誉ある職務で、神と人の前で清く正しい人でなければ勤まりません。単に金銭的な仕事をするというだけのことではなく、神と人に仕え、霊的な模範を示し、教会を建てていく尊い務めで、これは霊的な働きと言われるべきものです。11節は、婦人の奉仕者に言及しています。13節の「良い地位を得る」とは、さらに上級の監督職に就くというような意味ではなく、信仰者としての大きな信頼と尊敬を得るということです。続いて、信仰的確信を得ることが述べられています。キリストの愛を実践し、教会を建てるために労することは、救いと愛と、神の国についての深い理解を育てます。これが執事の得る報酬です。 5・1〜16には、教会の援助をうける「やもめ」のことが書かれています。真に頼りのない「やもめ」を、教会は援助しなければなりません。そのかわり、そのような「やもめ」は、教会の中で、祈りに専念し、愛といたわりと人々の世話に献身したのです。

(7)シナゴーグにおける奉仕者
 一世紀、パレスチナでも、散らされた地域でも、ユダヤ人は町々にシナゴーグ(会堂)を持ち、それを中心に宗教生活、社会生活を行っていました(使徒15・21)。会堂は、普通三人の役員によって治められていました。専従職員は会堂長(ルカ13・14)と下役でした。会堂長は有力者で、会堂の礼拝、教育活動など、すべての管理責任を持っていました。下役の仕事は、聖書の巻物を持って来たり、予定された説教者や祈祷者を連れて来ること、子供の教育をすることなどでした(ルカ4・20(係)、マタイ5・25(下役)。この他に、貧しい者の援助のための募金を集める慈善募金係がいました(E・ローゼ)。 募金は、毎金曜日に、二人づつの集金人が町を回り、家々からお金や物資を集め(マタイ6・2)、分配委員たちによって分配されました。一日二食分が配給がなされたと言います。また、特に貧しいその日暮らしの人のために、毎日家々から食物が集められました(w・バークレー)。ユダヤ人は慈善を尊んでツェダーカー(正義)と呼び、罪を清める行為と考えていました(箴言11・19、トビト12・8〜9)。この制度はキリスト教会に影響を与えたでしょう。

(8)まとめ
 これらのことから推測されることは、次のようなことです。
 本来キリストの内にあった奉仕の働きを、キリスト独自の職務と働きを除き、キリストの教会は委託されて担いました。それは、キリストの命令と、聖霊の賜物と召しと指導によるものでした。
 その委託された働きは、教会全体が担っていかねばならないものですが、特に選ばれ召された者たちが職務に召されることによって、教会全体の奉仕が建徳的に建てあげられていくのです(エフェソ4・7〜13)。使徒たちは、キリストの委託を忠実に果たし、信徒の賜物を生かして教会を立てあげるために、教会の発展の段階の中で、実際的な必要性に伴って、働きの一部を、他の人々に分担させ、いくつもの職務を立てていきました。Tコリント12章などには、初代教会にだけあった賜物、働き、職務が記されています。使徒言行録6章の七人は、執事職そのものの恒久的制定というよりも、その先例であり、エルサレム教会のその時の実情と賜物とによるものでありました。聖書の他の個所で「執事」について言及されているときにも、それぞれの教会、地域、時、人物によって、担っていた職務の性質には違いがあったのではないかと思われます。キリストの教えと模範に従い、キリストに付き従った群れの中での奉仕者たちや、使徒の教えと初代教会の模範に習うなら、教会は、長老以外に、教会の諸々の働き、特に愛の働きのために特別に選ばれ、正式に任職された「奉仕者」を立てることが相応しいということが出来ます。
 教会に愛の働きのための奉仕者が必要であることは明らかです。しかし、執事の働きは、教会のすべての働きの円滑化のためになされる奉仕を含む可能性を持っています。教会では、献金、募金、財産管理、経済的援助と介護や世話、礼拝の場所や集会の準備、諸々の雑事などが、多くの信徒たちの奉仕によってなされていかなければなりません。新約聖書は信徒の豊かな活動を記しています。信徒の賜物を尊び、活用させ、調和させていくことは、執事の大切な務めです。福音の宣教も全信徒の奉仕と協力によってなされるものです。執事は説教者ではありませんが、福音宣教の働きにおける牧師の協力者であり、全信徒の奉仕の模範であり、奉仕の調整者です。 執事の働きは、時代、地域、教会の実情、人々の賜物によって、画一的ではなく、実情に合わせて発展し、豊かに展開して行く可能性を持ったものなのです。


2.教会史の中の執事職

使徒後の時代
古カトリック教会
中世
宗教改革
改革派の伝統

 執事という用語が、どのような意味で使われているかにこだわりすぎない方が良いであろう。
要は、教職に階級があるのか、下働きをする奉仕者がいるのか。 愛の業をする職務や働きが教会にあるか、
経済的管理をだれがしているのか、
一般信徒の奉仕、奉仕者としての献身などがあるか、
などの実際的な状況である。


3.現在諸教派の執事活動


4.愛の働きについての聖書の教え
  神の国の進展のための奉仕
  社会啓発、自然保護、文化活動、社会福祉などの位置づけは?



付録2 初代教会における執事

1 ローマのクレメンスのコリント教会への手紙@ AD95年ごろ
 使徒たちは・・・彼らの初穂を(御霊によってその人々をたしかめてから)信じる者たちの監督、執事〔監督者、奉仕者〕として任命していった。

2 ディダケー(十二使徒の教訓) 2世紀?@
 そこで、自分たちのために監督と執事とを選びなさい。彼らは主にふさわしく、柔和で、むさぼることをせず、真実なそして人々によしとされた人物でなければならない。というのは、彼らもまた預言者、教師としての努めをあなたがたに対して果たすものだからである。

3 ポリュカルプスのピリピ教会への手紙110〜117
4 ヘルマス115〜140
5 イグナチウス 執事に尊敬を払え。執事は監督と長老に従うべきだ。
6 ユスティヌス、クレメンス、テルトゥーリアヌス
J・マクファーソン P143
6 キプリアヌス(3世紀初)モーセの制度との類似性
大祭司=監督、祭司=長老、レビ人=執事(教職の下位に おこうとするもの)J・マクファーソン P143
7 ウォーカー教会史 2・11
 執事たちは、直接司教に従い、貧者の世話や財政に関わる仕事や、礼拝と訓練の助けとして、司教の補助役を務めた。しばしば実際的に、長老たちよりも司教に近い関係を持っていた。

8 エウセビウス 教会史 6・43
ローマ教会には、一人の監督、46人の長老、7人の執事、7人の副執事、42人の記録係、52人の悪霊はらい、聖書朗読者、会堂守、1500人以上のやもめと困窮者がいた。

@ ベッテンソン キリスト教文書資料集

◎参考書  @キリスト教大事典
《執事》ギリシャ語・ディアコノス《仕える者》の意。主教(=監督)、司祭(=長老)につぐ第三の聖職位の名称。助祭(カトリック教会)、輔祭(正教会)ともいう。起源は貧しい人々に仕えるため使徒の按手により任命されたステパノら7人(使6・1〜6)に溯る。職制の発達・分化に伴い、主教、司祭に従属し、礼拝において彼らを補佐したほか主として教会の実際面の奉仕に携わった。中世初期には、彼らが元来献金の出納を扱うものであったため、その役職は重要視せられ、彼らの主なものはアーチディーコンすなわち主教の管財者となり、殊にローマにおいては教皇との関係が密接であったため一層重きを加え、その数は長年7人に限定せられた。今日の7人の枢機卿助祭(カーディナル・ディーコンズ)はその名残である。しかし一般の執事の地位は中世以来軽視せられ現在では、実質的には司祭に進む準備段階にすぎぬものとなった。
  現在聖公会では、執事は聖餐式において福音書を読み、分餐を助け、少年少女に公会問答を教え、司祭欠席のとき幼児に洗礼を施し、主教の許しがあれば説教をすることができるとしている。ルーテル教会では教職位にある副牧師を執事と呼び、カルヴァン派の教会では、牧師・教師・長老につぐ第4の役職で、信徒がこれに任ぜられ、教会の管財や慈善事業に当るものとされている。これに対しバプテストおよび会衆派教会では、牧会の補助者としてのほか、聖餐の分配者として、霊的な役割を荷うものとされている。

 Aキリスト教綱要 カルヴァン
U・14・6〜7   執事
V・20・38〜39 主の祈り 愛の対象の広さ
W・3・9〜11 執事について ローマ12
Tテモテ5
使徒6
W・4・1 三職、ヒエロニムス
4・5〜7 古代の教会、捧げ物、年次収入、
           分配(仕え人に、貧しい人に)
使徒法典 4世紀後半、シリヤが起源
4・19〜33 ローマ教会の副助祭職

 
キリスト教史 ウォーカー (ヨルダン社)
P114  3 宗教改革カルヴァン 教会の四職
執事は、貧者の世話と病院の管理に当たる。

初代教会史  H.R.ボーア 塩野靖男訳 教文館
第三章 313年に至る教会の歩み P47
教会政治 執事の職務 「長老の助手・・使徒6章」
「時代が下ると監督の助手」「イグナティウス・監督と長老に  服従すべきだ」

長老主義 ジョン・マクファーソン 上河原立雄、荻原登共訳 聖恵 第一部 長老教会における職務と役員
第四章 執事職(P128) 起源、任務、地位の権威、歴史  英国国教会・洗礼、説教。  
スコットランド自由教会慣例・世俗事項の管理に霊的原則を適用するために、執事会議が招集されるけれども、霊的統治を行使する権限なし。

ウエストミンスター神学者会議の成立  松谷好明
教会政治について・ 七、執事について(P295)
執事の説教、礼典を否定。

榊原康夫 「使徒の働き」 上 P179(使徒6章)
奉仕者は、あてがわれた仕事の処理能力さえあればよいというわけにはまいりません。教会の一致と建徳のためになる能力を持っていなければなりません。御霊に満ちた、評判の良い、知恵に満ちた人・・・
エルサレム教会独自の職務(あの七人)
みことばへの専念者を確保するため・異邦人伝道へと話は移る。

預言者、祭司、王職との対比分割・・・A・カイパー
RBカイパー  P110
大祭司、祭司、レビ人との対比・・・エイレナイウス


付録2 教会史における執事職

1.使徒時代における執事の概念の不明確さと働きの多様性

 初代教会の中には、使徒たちが、後には長老たちが、宣教の奉仕に十分に専念出来るために、また教会の礼拝と交わりと愛のわざが円滑に、行き届いて行われるために、さらには献身的に奉仕して教会を立てあげるために、奉仕した人々がありました。教会にはさまざまな賜物と奉仕の働きがあり、そこに様々な職務が生まれて行く可能性がありました。たくさんの奉仕が整理されていくと共に、任職されて、長老たちの下で働く「執事(奉仕者)」という名前の職務が次第に定着していきました。この職務は、さまざまな賜物を持った信者たちの手助けを得ながら、その職務を果たしたでしょう。しかし、それぞれの教会の実情や、個人の賜物によって、執事(奉仕者)の実態には幅があり、多様性があったと言ってよいでしょう。
 執事(奉仕者)の任務は、1)教えと礼拝のために手助けをする奉仕(教職候補者、賛美者、聖 書朗読者等)(使徒13・5、16・3、Tコリント12・28、) 2)礼拝と教会の諸活動が円滑に行われるように手助けをする奉仕、 (会計管理、会堂提供、管理等)(使徒16・15、ローマ16、 Tコリ ント16・2)3)愛の働きをして人々を援助する奉仕(給食、配給、看病、旅人の 世話等)(使徒6・3、9・36〜39、ローマ12・7〜8、 Tコリン ト12・28、Tテモテ5・9~10、)などにわたっていたと思われます。いつの時代にも、教会の中に献金管理の働き、また愛の働きをする職務が必要だということは、新約聖書の教えと実例により明白です。しかし、執事(奉仕者)という職務名が、教会内のいっそう多様な奉仕を含み、教師候補者と重なる面をも持っていたことを全く否定することは出来ません。

2.使徒後の教会における執事職

 1〜2世紀の教会には、困窮者が多く、また迫害もあったため、教会は全体として、支え合う共同体としての姿を保っていたと思われます。愛の働きのための献金、貧しい人や病人や旅人を助けることが推奨されました。しかし、そこに、「受洗後は自分の愛の働きで救いを全うしなければならない」という思想が生まれ始めていました。これは後に、救いを完成するための「徳目」としての慈善のわざという考えを形成していきます。
 2〜3世紀の教会では、教師であるよりも司祭という語がふさわしい礼典執行者が長老と呼ばれ、それらを束ねる地域の諸教会の監督者が監督または司教と呼ばれ、執事は監督と長老に従い、これを助ける者で、会計を取り仕切る上級者と、礼典の手伝いをしたり、礼拝の下準備をしたり、貧しい人々への配慮をする副執事となっていきました。教会は次第に聖職者と一般信徒が分けられて行きました。長老も執事も副執事も、聖職者の一階級と考えられるようになっていきました。賜物と召しにより、キリストの体を立てあげて行く職務というよりも、旧約時代の、大祭司、祭司、レビ人の関係のように考えられる傾向がありました。しかし、愛の働きのためだけに召され任職された執事も、なお存在していました。司教やその他の職務を信徒が承認するという制度も、なお生きていました。  
 三世紀中ごろのローマ教会には、一人の監督、46人の長老、7人の執事、7人の副執事、42人の記録係、52人の悪霊はらい、聖書朗読者、会堂守、1500人以上のやもめと困窮者がいたと言われています(エウセビオス、教会史6−43)。

3.中世カトリック教会

 四世紀以後、キリスト教がローマ帝国の国教となると、教会は急速に数を増し、聖職者と信徒の区別がはっきりし、聖職者の階級制が確立し、しかもローマ中心の教皇制が出来ていきます。執事は聖職者の一階級で、司祭になるために通過する一時的な職務となりました。教会会計は、聖職者がにぎるようになり、主教や大主教の下で会計の責任を持つ執事(助祭)は、権力を持つようになりました。ローマの枢機卿助祭はその最たるものです。一方、教会の雑務や下働きなどは、貧しい者たちが雇われて行うようになりました。
 4世紀以後、教会は国家から下付金をもらい、それを運用するようになりました。国家の施策に対して意見を述べるようにもなりました。教会は土地や大きな資産を持つようになりました。全国民が教会員となり、そこから十分の一税を集めるようになりました。これらの資金を使って愛の働きもなされたに違いありませんが、教会は、御言葉を教えることや、貧しい人々を助けることよりも、ミサを中心とする礼拝と、勢力拡大と、国家との権力争いに関心を向けて行きました。教会は富み、庶民は搾取されるような状況が生まれて行きました。命の通った愛の働きは、キリストにならい、み言葉に促され、人々の困窮に同情した司教や伝道者や裕福な信徒らの個人的努力によるものとなっていきました。真に敬虔な信仰生活を求める人々が活路を見いだしたのは、世を捨てての清貧と瞑想の共同生活、修道院においてでした。修道院は、当時としては、学問、文化、技術、伝道の実践普及で、人々の文化と生活と精神を救いました。そしてやがて、社会への伝道、教育、福祉の働きでも大きな成果をあげるようになって行ったのです(13世紀のドミニコ会、フランシスコ会、16世紀のイエズス会、19世紀のサレジオ会)。
聖職者の階級ではなく、純粋に愛の働きと教会活動への奉仕のための執事職は、中世の半ばになくなりました。

4.宗教改革

 宗教改革は、聖書を教会の承伝から解き放って読み、信仰と教会制度とを使徒的なものに返そうとした運動でした。聖職制の誤謬に対して「万人祭司」を強調し、聖職の階層制を否定しました。善行が救いのために必要であるという教えが否定され、「信仰義認」が主張されました。
 ルーテル派は、領邦教会の形を取ったため、教会の献金は、教会の役員と市の役員とが協力して管理し、共同金庫に収め、教会と共同体と貧しい人々の援助と学校と災害のための備蓄などに使われました。教会は監督の巡察を受け、領邦君主の下に宗務局があって、教会規定に基づく採決を行いました。十分の一税は残り、教会は領邦の宗教機関的性質を帯びていました。奉仕は、万人祭司の原則の下、全信徒のものと考えられ、キリストに仕え、人々に仕え、礼拝と伝道と愛の働きを行っていくキリスト者全体の姿勢と理解されました。そこで、そのための役員が必要に応じて立てられたとしても、愛の働きのために奉仕する恒久的教会役員を持つことはありませんでした。執事の名称は牧師補を指していました。ルーテル教会内でも、ドイツのヘッセンの指導者ランベールは、教会の自治を唱え、愛の働きをする執事職の復活を願いましたが、果たせませんでした。 英国国教会は、教職の階級性を残しました。執事は教職の一階級で、司祭の下にあり、説教、礼典を限定した地域で行いました。しかし、大執事という管轄区の行政を任された管理職もありました。 宗教改革が行われた諸都市では、一般的に、貧しい人や病人を援助する活動が、教会によって行われました。東フランスのストラスブルクの指導者ブーツァーは、教会を「愛の奉仕」と捕らえました。そして、信徒個人も、教会も、愛の実践と完成を目指すべきであると教えました。ストラスブルクの教会における執事職の位置付けと活動の姿は、カルヴァンに影響を与えたと言われています。
 カルヴァンの宗教改革は、カトリック教会の教理と制度の誤謬や逸脱を正しましたが、教会制度そのものを否定せず、むしろ聖書の教えと実例にならって、堅固な教会制度を立てようとしたものでした。それは、賜物と召しに従い、信徒の中から選ばれ、訓練された者たちが、国家に対して自律的な教会の任職を受け、キリストの権威の下に働き、しかも共同的会議によって働くというものでした。この考えの下に、牧師、教師、長老、執事の四職が教会の職務とされました。長老と執事は一般信徒の中から選ばれました。執事は教会の財産管理と分配、病人や悲しむ人々への訪問看護などを担当する職務です。(ジュネーブ教会規定1541年。)(フランス教会規定1552年では、教師、長老、執事の三職。)
 ジュネーブでは、教会は市会から独立した権能を持つものとして市会と協力していこうとしました。そのため、市会を動かして、市民の生活の安定を図り、福祉を行う施策を行うよう献策しました。カルヴァンは、貧しい者を救済するよりも、貧しい者が生まれない社会を作るため、産業の発展、職業観や倫理の確立、社会秩序と制度の整備のために努力しました。
 牧師、長老、執事は、市の職員と協力して市民を訪問し、人々の中にある問題点を把握しようとしました。しかし、あくまでも執事は教会の職務でした。執事は長老会に従い、キリストの愛を表し、援助と介護と御言葉による慰めを与えることが求められました。
 カルヴァンは、理論的には女性執事を認めていました。また、宗教改革においては、ルーテル派、改革派を問わず、女性の働きは大きなものでした。ある女性たちは、改革者たちを保護し、補佐し、時には人々を教えさえしました。また、旅人の保護、病人や苦しむ人々を援護することにおいても、女性の働きは大きなものでした。しかし、女性教職、長老は考えられないことでした。女性執事もすぐには実現しませんでした。
 スコットランド教会の規律の書(1560年)では、牧師が足りないこともあってか、ある地域を広く管轄する監督職につく牧師がありました。長老、執事は無給で、執事は地代、十分の一税、寄進などを受け、管理し、牧師長老の命令で支出しました。また能力があるなら、牧師のいない教会で、聖書朗読、証しなどがゆるされました。 ウエストミンスー会議は、執事を神が制定された恒久的な職務と認めましたが、説教と礼典執行の補助をすることは否定しました。

5.その後の動き

社会福祉の時代と教会
 18〜19世紀、資本主義の矛盾の中で、多くの社会問題が生じ、クリスチャンたちの社会運動が起こりました。イギリスで起こったメソジスト派の運動や救世軍などは特筆すべき例です。その後、自由主義神学やヒューマニズムと結び付いた社会運動が拡大する中で、これに批判的な福音的教会の中に、社会的実践よりも御言葉の宣教のみに力を入れる傾向が生まれていきました。
 19世紀前半、スコットランドの自由教会(長老教会)の指導者の一人であったトマス・チャーマズは、教区ごとに執事と信徒のグループを組織し、教区内の貧困者救済と、こどもの教育、伝道に当たらせる努力を展開しました。
近代以後の社会福祉思想と実践は、次第に教会から離れ、世俗的なものになっていき、福祉国家への努力、国連による世界平和と人権擁護、救援活動などが発展していきました。しかし、今も、あらゆる面で教会とキリスト者たちが協力する場、独自性を発揮する場が開かれています。クリスチャンたちの祈りの尊さ、み言葉による慰めの力、教会的福音的な愛のわざの意味と価値は失われていません。社会の中で「地の塩」として働き、世の人々の現状や福祉活動の知識や技術を学ぶことも大切です。またキリスト教会独自で福音と深く結び付いた愛の働きの展開が研究、実践されねばなりません。

改革派教会内の例
米国、合衆国長老教会(南長老教会、PCUS、現在は合同してPCUSA)においては、早くから内外の伝道と慈善のために募金する、婦人慈善会(Ladies Aid)が組織され、それが元になって、各中会、大会、ついには総会が承認する「合衆国長老教会婦人補助機関」が出来、「合衆国長老教会婦人会」となりました。婦人の賜物を開発し、教会活動に生かしてきたのです。この教会は女性教職が先に認められ、1964年、女性の長老、執事を認めました。 北米改革派教会(CRC)の教会規定では、執事は、すべての人に、特に信者の共同体の中にいる者たちにキリストの憐れみを示す者であると規定し、また、御言葉による励ましの必要性を述べています。同教会では、1962年、大会の下に救済活動委員会を設置しましたが、これは教会の執事たちとの協力の下に、多くのボランティアの活動を得て、内外の困窮者や被災者の救助に当たるものです。これらの執事活動においては、「神の国」の進展のためには、社会正義と愛のための教会的働きが重要であるという見解が大きく働いています。 わが教会も加盟している改革派世界教会協議会(REC)は、機関紙などを通して、世界の改革派教会からの支援、救援のアッピールを紹介しています。改革派教会国際会議(ICRC)との関係も今後の執事的協力活動の舞台となるでしょう。

他教派の例
 今や、執事(奉仕者・ディアコノス)の名称が、その教派の中でどういう位置付けを与えられているかということよりも、その教派や教会において、実際的に愛の働きがどのようになされているか、またそれが聖書の教えに対する応答として、また、教会のわざとして、いかになされているか、信徒の賜物がいかに有効に用いられているか、この世との関係がどのように理解され、また有効に関わり合っているかが問題とされなければなりません。
 WCC・エディンバラ世界宣教協議会(1910)に始まった世界教会一致運動は、エルサレムでの国際宣教会議設置(1921)を経て、福音宣教を社会改良と一体のものとして考える道を開いていきました。生活と実践委員会(1925)、信仰と職制委員会(1927)の三つを統合して、1948年、世界教会協議会(WCC)が結成されました。信条的立場を問題とせずに教会協力を目指すプロテスタントの多くの教会の協力の下に、世界の平和や人権問題に取り組んでいます。しかし、社会改良と福音宣教の関わりについての理解の一致はありません。1982年、ペルーのリマ会議で出された「リマ文書」によって、礼典と職制についての全教会の相互理解の道が模索され始めました。 福音派の伝道宣言・世界福音同盟(WEF)を舞台に、1974年開かれた、スイスのローザンヌでの世界伝道会議で採決された「ローザンヌ誓約」は、第五項目で、キリスト者の社会的責任を取り上げ、社会的正義と和解、抑圧からの解放などのための教会の責任を、反省を込めて告白しました。
 カトリック・助祭(執事)は、司祭の下にある聖職者です。助祭の下にそれを補助する侍祭があり、その下にもいくつかの下位聖職者の階級があります。第二バチカン公会議以後、人間世界全体の現代の社会問題解決のために仕えていくこと、教会活動の多くの部分に信徒の働きを取り入れていくこと、聖職者ではあるが、司祭を目指さず、奉仕に尽くす「終身助祭」(妻帯者も可)を復活させる準備などの改革をしてきています。
 正教会・聖職者の中で、妻帯のゆるされる者たちの中に、長輔祭、輔祭、副輔祭という執事に当たる階級があります。
 聖公会・教区を管轄する主教(監督)、各教会の牧師である司祭(長老)、執事の三職があります。日本聖公会では一年以上執事を務めた者が司祭になることが出来ます。執事は、聖職候補生と、執事のまま長年止まる者とがあり、女性執事は、執事職どまりです。執事は、貧しい人や苦しむ人の世話をすることが求められていますが、司祭の下で説教、礼典をも行います。信徒役員も教会財務、諸活動、会議に参加しています。社会活動への関心も盛んです。 ルーテル教会・日本福音ルーテル教会の場合、執事の名を持つ職務はありません。教会活動全体の中で、社会に奉仕していく働きは大きな位置を占めています。正義、平和、人権、社会問題、福祉などについて、内外の問題に奉仕していく組織があります。信徒の奉仕者を育て、ボランティアを育てる努力が発展し、ルーテル学院大学福祉学科が生まれました。多種の福祉施設を持ち、また専門家の連絡、協力を図ろうとしています。各個教会の会計管理は、信徒の中から選ばれた役員が行っています。

@ ベッテンソン キリスト教文書資料集

◎参考書  @キリスト教大事典
《執事》ギリシャ語・ディアコノス《仕える者》の意。主教(=監督)、司祭(=長老)につぐ第三の聖職位の名称。助祭(カトリック教会)、輔祭(正教会)ともいう。起源は貧しい人々に仕えるため使徒の按手により任命されたステパノら7人(使6・1〜6)に溯る。職制の発達・分化に伴い、主教、司祭に従属し、礼拝において彼らを補佐したほか主として教会の実際面の奉仕に携わった。中世初期には、彼らが元来献金の出納を扱うものであったため、その役職は重要視せられ、彼らの主なものはアーチディーコンすなわち主教の管財者となり、殊にローマにおいては教皇との関係が密接であったため一層重きを加え、その数は長年7人に限定せられた。今日の7人の枢機卿助祭(カーディナル・ディーコンズ)はその名残である。しかし一般の執事の地位は中世以来軽視せられ現在では、実質的には司祭に進む準備段階にすぎぬものとなった。
現在聖公会では、執事は聖餐式において福音書を読み、分餐を助け、少年少女に公会問答を教え、司祭欠席のとき幼児に洗礼を施し、主教の許しがあれば説教をすることができるとしている。ルーテル教会では教職位にある副牧師を執事と呼び、カルヴァン派の教会では、牧師・教師・長老につぐ第4の役職で、信徒がこれに任ぜられ、教会の管財や慈善事業に当るものとされている。これに対しバプテストおよび会衆派教会では、牧会の補助者としてのほか、聖餐の分配者として、霊的な役割を荷うものとされている。


 
キリスト教史 ウォーカー (ヨルダン社)
P114  3 宗教改革カルヴァン 教会の四職
執事は、貧者の世話と病院の管理に当たる。

初代教会史  H.R.ボーア 塩野靖男訳 教文館
第三章 313年に至る教会の歩み P47
教会政治 執事の職務 「長老の助手・・使徒6章」
「時代が下ると監督の助手」「イグナティウス・監督と長老に  服従すべきだ」

長老主義 ジョン・マクファーソン 上河原立雄、荻原登共訳 聖恵 第一部 長老教会における職務と役員
第四章 執事職(P128) 起源、任務、地位の権威、歴史  英国国教会・洗礼、説教。  
スコットランド自由教会慣例・世俗事項の管理に霊的原則を適  用するために、執事会議が招集されるけれども、霊的統治を行  使する権限なし。

ウエストミンスター神学者会議の成立  松谷好明
教会政治について・ 七、執事について(P295)
執事の説教、礼典を否定。

榊原康夫 「使徒の働き」 上 P179(使徒6章)
奉仕者は、あてがわれた仕事の処理能力さえあればよいというわけにはまいりません。教会の一致と建徳のためになる能力を持っていなければなりません。御霊に満ちた、評判の良い、知恵に満ちた人・・・
エルサレム教会独自の職務(あの七人)
みことばへの専念者を確保するため・異邦人伝道へと話は移る。

預言者、祭司、王職との対比分割・・・A・カイパー
RBカイパー  P110
大祭司、祭司、レビ人との対比・・・エイレナイウス

RESへのオランダ改革派教会レポート 「女性執事」の存在
北四国文集


付録3 手近で参考になる文献

 (日本基督改革派教会公文書)
ウエストミンスター信仰告白、16、18、19、21、25、26章
〃 大小教理問答、ハイデルベルク信仰問答書、十戒解説。
政治基準(第4、12、15、20、21、40、42、56~60、108-2-五、116、117条)
礼拝指針(献金、病院への配慮、)
創立宣言(有神的世界観人生観、教会政治、善き生活)
創立20周年記念宣言(伝道、信徒)
教会と国家に関する信仰の宣言(国家への使命)
聖書についての信仰の宣言(4〜7)
聖霊についての信仰の宣言(4〜6)
福音の宣教についての信仰の宣言(第2、4項)
伝道宣言(4、5、6、8、10、15、16)
信徒の手引き(教会生活・献金、奉仕。個人生活・献金、善き生活。       
社会生活・国家(3)、実践。)

(改革派教会内出版物)
政治基準の学び 宮田計
キリスト教綱要 ジャン・カルヴァン    U.14・6〜7、   V.20・38~39、 W.3・9~11、4・1~7、19~33、20・9
カルヴァンの教会論 渡辺信夫、改革社 P209〜216
カルヴァンと執事職(改革派神学22) 金田幸男
カルヴァンを継ぐもの すぐ書房 「カルヴィニズムと経済」 荻原登カルヴィニズム A・カイパー U−3−(3)教会の目的
改革派教会における長老職について 後藤憲正
ウエストミンスター神学者会議の成立 松谷好明
P295 教会政治について、 七、執事について
長老教会ーその歴史と信仰ー ウォルター・L・リンゲル
聖恵、P18〜19、執事職
長老主義 J・マクハーソン(上河原立雄、荻原登訳) 聖恵 P128~145、改革派教会の伝統 J・H・リース、吉田信夫訳 P186、201。
使徒的な教会 T・ウイズロー(榊原康夫訳)新教出版社 P33~41、87。聖書の教会観 R・B・カイパー(山崎順治訳) 小峯書店
神中心の伝道 R・B・カイパー(山崎順治訳)小峯書店 
特にP170〜、P231〜
実践的伝道論研究 吉岡繁 新教出版社 「伝道と愛のわざ」
キリストの教会 岡田稔、小峯書店、P178〜180「執事会と会員総会」教会の政治 吉岡繁、小峯書店、P98〜107

主の民として生きる道 岩永隆至、聖恵、特にP47〜55
キリスト者の社会的責任 小野静雄 第五回高松講座
キリスト教倫理概説 市川康則、西部中会、第五章・神の国
使徒の働き(上) 榊原康夫 P179(使徒6章)
女性役員論 榊原康夫「聖書における女性の働き」「神学上の問題」第五十回定期大会、女性教職・女性長老についての研究報告 レポート6
特に3−(10)
添付文書「OPC女性教会職務検討委員会報告、少数意見」
「イエスの女性観」山下正雄、特に3−(3)
レポート6に対する意見書 鈴木英昭 4。
キリスト改革派世界救済委員会職員訓練教本(抜粋)
フィリピン救済委員会、大会執事活動委員会訳執事の職務と執事会の働き(合衆国長老教会教本を参考)高松教会十一献金研究委員会報告 第十四回大会(リフォームド誌Y−10)
献金のしおり  湖北台教会執事会 
東部中会連合執事会報6 より豊かな執事活動をめざして 三野孝一Systematic Theology L・Berkhof P589 Deacon

(歴史資料、教会史)
キリスト教文書資料集 ベッテンソン (ローマのクレメンス、
  ディダケー、ポリュカルプス、ヘルマス、イグナチウス。)
教会史 エウセビウス 6・43
キリスト教史 ウォーカー  ヨルダン社
2・11 執事、 6・8 カルヴァンの四職。
初代教会史 H・R・ボーア(塩野靖男訳) 教文館
 P48 教会政治、 P52、執事の職務

(辞典)
キリスト教大事典 教文館 「執事」
新キリスト教辞典 いのちのことば社 
 「教会政治」安田吉三郎、「職制」鈴木英昭、「奉仕」岩井 清、キリスト教神学事典 リチャードソン&ボウデン 教文館 「執事」
キリスト教ガイドブック 日本教会新報社
  P525〜552「キリスト教と福祉」

(教会と福祉、ディアコニア)
キリスト教社会福祉概説 教団
教会と社会福祉(教会生活の手引き9)阿部志郎(教団)
ディアコニア入門 石居正巳、門脇聖子(聖文舎)ディアコニア・その思想と実践 門脇聖子 キリスト新聞社(1997.4)


付録4 執事活動関連聖句

1.愛の働きについて
(1)万物に対する愛の神
創世記1、詩編19、36・6〜10、49・10〜11、147。ヨブ38〜40。マタ5・43〜48、ヨハ3・16、Tヨハネ4・7〜16。(弱い者を助けて下さる神) 詩編9・13、19、10・12〜18、12・6、68・6〜7、76・10、140・13、イザヤ42・3〜7、53・3〜4(マ   タイ8・16〜17)、61・1〜3、マタイ11・28、ルカ6・20〜21。
(2)愛の心と行いの原則を示す律法 出エ20・13〜17(申命記5・17〜21)、レビ記19・18、申命記10・12〜22。
(3)愛に基づくイスラエル市民生活律法の例(旧約)
  出21・1〜23・13(特に22・20〜26)、レビ19・9~18、23・22、  25・10、13〜17、35〜55、申15・1〜18、16・11、23・25〜26、  24・6〜22、25・4。
(4)愛の心と働きをすすめ、その欠如を非難する言葉(旧約)
 サムエル下12・1〜12、ネヘミヤ5・1〜13、詩編37・26〜29、 41・1、82・2〜4、94・5〜7、109・16、112・9(Uコリント 9・9)、 箴言3・27〜29、11・17〜19、25〜27、12・28、
14・31、21・13、22・2、9、29・7、31・20、 イザヤ1・15 〜17、23、10・2、58・6〜10、 エレミヤ5・28〜29、7・5〜7、 21・12、22・3、16、 エゼキエル18・5〜20、22・7、29、33・ 14〜16、45・9、ホセア4・1、6・6、10・12、12・7、アモ ス2・6〜7、5・11〜12、8・4、ミカ6・8、ゼカリヤ7・ 9〜10、マラキ3・5、(関連ヨブ29・11〜17、31・13〜34)
(5)愛の心と働きのすすめ(新約)
  マタイ5・13~16、38〜42、43〜48、6・1〜4、7・12、12・ 11〜12、50、14・16、22・34〜40、23・4、25・31〜46、マルコ9・49〜50、ルカ10・25〜37、 ローマ6・13、12・ 9〜21、13・8〜10、15・1〜3、Tコリ8・1、12・31〜14・1、 16・14、Uコリ2・5〜11、ガラテヤ5・6、13〜15、22、6・ 1〜2、 エフェ4・32〜5・2、フィリ1・9〜10、 コロ3・ 12〜14、Tヨハ4・7〜12、16〜21、Uヨハ6、黙2・4〜5。
(6)愛の実践の必要性の強調、実践のないことへの批判
マタイ7・15〜20、21、12・50、28・20、ルカ11・28、ヨハ ネ9・4、10・37〜38、テトス2・14、3・1、8、ヘブラ13・ 1〜3、16、ヤコブ1・27、4・17、Tヨハネ3・17、18、
(7)富んだ者への警告 マタイ19・21、23〜24、ルカ16・19〜21、Tヨハネ3・17、18、 ヤコブ5・1〜6、
(8)まず、兄弟愛の実践をなすべきこと
出21・2、22・24、ネヘ5・8(その他、旧約の実例は除く) ヨハネ13・34〜35、17・26、21・17、 使徒2・43〜47、4・ 32〜37、6・1~6、ガラテヤ6・10、フィリピ2・1~11、Tテサ4・9~10、フィレ9、16、ヘブ13・1〜3、Tペトロ3・ 8〜16、Uペト1・5〜7、Tヨハネ2・9〜10、3・10〜18、
(9)異教徒と共に生き、愛の対象となすべきこと
 創世記12・3、18・1〜8、19・1〜3、20・14〜15、34・30、
39・2〜5、46・3、出23・12、レビ19・33〜34、申命記10・14 〜22、16・11〜12、24・14〜22、ルツ1・1、列王上5・15 〜32、列王下6・22、箴言25・21、マタイ5・43〜48、15・ 21〜28、ルカ10・25〜37、ヨハネ4・1〜42、ローマ12・17 〜18、15・7〜13、Tテモテ2・1、ヘブライ13・1〜3、Tペトロ2・12、3・8〜16。
(10)信仰には必然的に愛が伴うこと
 ルカ19・1〜10、 ローマ13・8〜10、ガラテヤ5・6、
ヤコブ1・27、 2・1〜26。 Tヨハネ4・20〜21、
(11)福音宣教に愛の働きが伴った例 出15〜17章、列王上17章、列王下3〜6章、ネヘミヤ8・9〜12、 マタイ4・23〜24   (ルカ6・17〜19)、9・1〜8、9・9〜13、10・1、7、8、11・5、ヨハネ5・1〜18、(他にキリストのみわざ)。
使徒2・43、5・12〜16、(他に使徒たちのわざ)
(12)教会の働きにおける御言葉の優先性
   申命記8・3(マタイ4・4)、 マタイ26・6〜13、ルカ10・ 25〜37、38〜42(42)、ヨハネ6・26〜33、使徒6・2、4、7、

2.仕えることと、教会の奉仕者
(1)仕えることの大切さ
 マタイ9・35、20・26〜28、23・11〜12、マルコ10・43〜45、 ルカ22・24〜30、 ローマ12・3〜8、15・7〜9、
(2)仕え合う群れとしての教会
 ルカ8・1〜3、ヨハネ13・1〜17(14)、34〜35、使徒2・43〜 47、4・32〜37、6・1〜6、9・36、39、 ローマ12・1〜8、 14・1〜15・8、   Tコリント3・5、4・6〜7、12章、 14・26〜33、Uコリント8章、エフェソ4・1〜16、フィリ ピ2・1〜5、Tペトロ4・7〜11、Tテモテ5・1〜16、
(3)弱さ、障害、病の持つ積極的な意味
  ヨハネ9・3、ローマ12・1、Tコリント1・26・29、12・12〜26、Uコリント4・7、12・7〜10、
(4)奉仕者たちの実例(愛のわざ、活動、会計等)
(主の周辺の奉仕者たち) ルカ8・1〜3、ヨハネ12・6、13・29、 (初期の教会の広義の奉仕者たち) 使徒5・6、10、ロマ12・6~8、 16章、Tコリ12・28~30、フィリ4・2、3、Tテモ5・9〜10
(任職された《と思われる》奉仕者たち) 使徒6・1〜6、 ローマ16・1、フィリピ1・1、Tテモテ3・8〜13、

3.献金(供え物)について
(1)献金(供え物)の心−信仰、感謝、自発性等
出エジプト35・21、詩編54・8、66・13〜15、歴代上29・9、1 4、16、マタイ6・1〜4、マルコ12・41〜44、使徒5・1〜11、 20・35、ローマ12・1、Uコリ8・1〜21、9・1〜15(7)、
(2)真心のこもらない供え物、献金への批判 創世記4・3〜7、 詩編50・8〜15、51・18〜19、イザヤ1・11〜17、ホセア6・6(マタイ9・13)、ミカ6・6〜8、マラキ1・13、 マタイ23・23〜24、ルカ18・9〜14(12)、使徒5・1〜11、
(3)十分の一献金に関する個所
レビ27・30〜33(農作物と家畜)、民数記18・21〜32(レビ 人に与えるため)、申命記12・4〜7(多種の献げ物の中の一つ) 14・22〜29(レビ人と貧しい人)、ネヘミヤ10・33〜40(多種 の献げ物の中の一つ)、マラキ3・8〜12(十分の一と献納物) マタイ23・23(真心のこもらない厳密な律法遵守)、
ルカ18・12(真心のこもらない全収入の十分の一)
(4)貧しい人の献げ物について レビ5・7〜12、12・8、 14・21〜22、30〜31、マルコ12・41〜44、
(5)献金の正しい用い方について
出エジプト16・17〜18、サムエル上30・24〜25、列王下12・ 5〜17、使徒6・1〜6、Uコリント8・14〜15、
(6)宣教者を支えるべきこと
  マタイ10・10、Tコリント9・3〜18、Uコリント11・7〜9、 フィリピ4・10〜16、Tテモテ5・17〜18、
(7)救援活動の実例、エルサレムへの援助
第一回目・使徒11・27〜30、12・25、ガラテヤ2・10、
第二回目・使徒20・1〜21・26、ローマ15・25〜31、
Tコリント16・1〜6、Uコリント8章

4.賜物を生かすことについて
出エジプト35・4〜29、36・1〜7(自発の奉仕)、31・1〜11、   35・30〜35(賜物の活用)、 マタイ25・14〜30、ルカ12・48b、   ヨハネ6・8〜13、 ローマ12・4〜8、Tコリ12章、
   エフェソ4・7、12、Tペトロ4・10〜11。


付録5.政治規準執事関連条項

(前文)省略

第四条、第十八条(教会役員)教師、治会長老、執事

第十二条 霊的権能、第十五条(職制権能と議会権能)省略

第二十条(執事の働き)教会の愛と奉仕の業は、小会の監督の下にある執事の手に、特に ゆだねられる。(関連・第四十条)

第二十一条(礼拝儀式、その他の活動)・・献金・・愛の業・・

第四十二条(職務の権威)・・民の奉仕によって支配を行うことが・・キリストの固有の 職務である。・・職務の権威はキリストに由来し・・職務に就く者は、他のキリスト者 に対して霊的優位性を主張してはならない。彼らは奉仕者、弟子、しもべに過ぎない。 (第十章 執事)

第五十六条(執事の職務) 執事の職務は、聖書によれば、主イエス・キリストの模範に 倣って、愛の奉仕の業を行い、聖徒の交わりを特に相互の助け合いにおいて具現するも のである。

第五十七条(執事の資格)この職務を担当する者は、霊的品性を持ち模範となる生活を送り、家をよく治め、よい名声を持ち、あたたかい同情心と健全な判断力を持つ者でなけ ればならない。

第五十八条(執事の任務) 執事の任務は、次のとおりである。
 一 貧困・病気・孤独・失意の中にある者を、御言葉とふさわしい助けをもって励ます  こと。
 二 献金の祝福を教会員に勧め、教会活動の維持発展のため及び愛の業のためにささげ  られたものを管理し、その目的にふさわしく分配すること。
 三 教会会計及び教会財産の維持・管理を小会の監督の下に行うこと。ただし、財政上  の重要事項は、会員総会の議を経て行わなければならない。
 四 個々のキリスト信者が愛の律法によって果たすべき一切の義務を、特に執事として  果たすこと。
 五 教会員と共に、また教会員のために祈ること。
 六 牧会的配慮を要する事柄を、牧師に知らせること。
 七 伝道すること。
 八 諸集会のために配慮すること。
 九 教会内外の執事的必要を調査し、教会員に訴えること。
2 執事は、中会または大会において執事的働きに関する委員に選ばれることが出来る。

第五十九条(執事会) 各個教会の執事は、三名以上の執事をもって執事会を組織する。 執事会は、小会の監督の下におかれる。
2 執事会は、議長・書記・会計を選出し、毎月一回定期会を開かなければならない。特別な事情のため毎月一回開催できないときでも、少なくとも三カ月に一回は開かなけれ ばならない。執事会の定数は過半数とする。
3 執事会書記は、執事会記録を定期的に小会に提出し、承認を受けなければならない。
4 執事会は、必要があれば小会と合同協議会を開くことが出来る。

第六十条(執事会職務の代行) 三名以上の執事を確保することができず、執事会を組織できない場合でも、執事的働きは遂行されなければならない。その場合の執事的働きは、 執事が長老と共同して、あるいは執事が全く選出されない場合には、小会が行うものとする。
2 伝道所においては、伝道所委員会がこの職務を代行する。

第百八条、2、五 大会の任務
(第十八章 教会職制の原理)

第百十六条(召命の教理)、第百十七条(任職の教理)省略
(第二十三章 治会長老と執事の選挙・任職・就職)

第百五十八条〜第百六十三条 省略


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最終更新日 : 2014年09月13日